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【矢作詩子さん】「詩子先生の漢字教室」(7)

お菓子と漢字のつながり ?ういろうについて?

前回のこのコラムでは、「心太」をなぜ「ところてん」と読むかについて書きました。「こるもは」が「こころぶと」になり「ところてん」になったというお話でした。
今回も、ちょっと変わった音のお菓子「ういろう」を取り上げます。
「ういろう」は漢字で「外郎」と書きます。“読めそうで読めない漢字”としてクイズ番組にもしばしば登場しますが、なぜ「外郎」が「ういろう」なのでしょうか?


「ういろう」の由来をたどる

もとは薬の名だった

「ういろう」はお菓子として知られていますが、もとは薬を指しました。
薬の「ういろう」というと、歌舞伎ファンなら、長いせりふで有名な「外郎売(ういろううり)」という演目を思い浮かべることでしょう。1718(享保3)年に江戸で二代目市川団十郎が初演して、評判となりました。妙薬の由来や効能などを次から次へと早口ことばのように述べ立てる長ぜりふで知られ、歌舞伎十八番の一つにもなっています。
お菓子も薬も「ういろう」は漢字で「外郎」と書きます。普通に音読みすれば「がいろう」となりそうです。
では、「がいろう」と書いてなぜ「ういろう」と読むのか? そもそも「外郎」とは何でしょうか?


「外郎」とは?

外郎(がいろう)とは中国の官職名で、“定員外の職員”の意味です。中国の元朝で礼部員外郎(れいぶいんがいろう)という官職についていた陳宗敬(1322~1395年)は、代々医薬を生業としており、元朝の滅亡後、1368年に日本に亡命して、博多に居住しました。そして官職名の「外郎(がいろう)」をとって、官職名と区別するため「外」の字を「うい」と読ませて「外郎(ういろう)」と名乗りました。この少し不思議な「うい」という読みについてはあとで説明します。
この外郎家(ういろうけ)が処方した丸薬は「ういろう」と呼ばれました。後に京都で朝廷に仕えた外郎家はお菓子を作り、それも「ういろう」と呼ばれ、全国に広まりました。つまり「外郎(ういろう)」は薬やお菓子の商品名でもあるとともに、それを代々作ってきた家の姓でもあったのです。


小田原の外郎家

外郎家(ういろうけ)五代目の藤右衛門定治(とうえもんさだはる)は、北條早雲に招かれて、1504(永正元)年に小田原に移りました。豊臣秀吉の小田原攻めによって北條家が滅亡した後も、秀吉や歴代の小田原藩主が外郎家を保護したことから、外郎は小田原名物になりました。

……と、何年か前に学習院の私の漢字講座でこの話をしていたら、折よく受講生が常備薬として持っていた薬の外郎を見せてくれました。実は、私は薬の外郎の本物を見たのはこの時が初めてでした。黒っぽい丸薬を想像していたのですが、実際の外郎は銀の粒で、仁丹を少し大きくしたような形です。薬は小田原の本店でしか販売していないと聞きました。


「ういろう」の本場、小田原へ

「ういろう」本店

そこで、小田原へ出かけてみました。
JR小田原駅から徒歩10分で小田原城に着きます。天守閣に登ると小田原の歴史を伝える資料展示があり、外郎家の解説も見られます。
お城を出たあと、さらに海に向かって5分程歩くと、東海道(国道1号)に面して「ういろう」本店の堂々とした建物が目に入ります(写真1)。瓦屋根で棟の数の多い「八棟造り(やつむねづくり)」と言われる建築で、入り口には「ういらう」と歴史的仮名遣いで書かれた看板が掲げられています(写真2)。


(写真1)「ういろう」本店の外観

(写真2)「ういらう」の看板

「お菓子のういろう」と「薬のういろう」

お城のような店に入ると、「お菓子のういろう」のショーケースがあり、隣には甘味喫茶もあります。
「お菓子のういろう」は、二代目の外郎宗喜(ういろう・そうき)が約600年前に、客の接待用につくったのが始まりとされています。砂糖をとかし、餅粉や米粉を混ぜ、蒸して作りますが、薬の外郎を飲んだ後の口直しとして作られるようになったと伝えられます。
また、江戸時代の図説百科事典『和漢三才図会(わかんさんさいずえ)』(1712年成立)では、黒砂糖を用いた生地の色合いが薬の外郎に似ているため、この名がついたとしています(巻105、造醸類)。なお、「お菓子のういろう」が市販されるようになったのは明治に入ってからだそうです。


(写真3)「薬のういろう」と印籠容器

この本店の左の奥に「薬のういろう」売り場があり、薬剤師が症状を聞いて対面販売しています。私は咽喉がよく痛くなるので一度試してみようと一箱買いました。携帯に便利なように優雅な印籠容器も購入しました(写真3)。
ちなみに、お薬の効能書きには「腹痛、頭痛、眩暈(めまい)、咳、痰(たん)、発声過度(こえのつかいすぎ)や、牛馬家畜諸種(うしうまかちくいろいろ)の疾患(びょうき)にも良好」〔原文抜粋〕とあり、まさに万能薬のようです。


「外郎」が「ういろう」となったわけ

音読みのいろいろ

さて「外」という漢字を「ガイ」と読んだり「ウイ」と読んだり、なぜ色々な読み方があるのでしょうか?
漢字のいわゆる「音読み」とは、中国の漢字音を段階的に受け入れて日本語風にしたものです。伝来の時期により、「呉音」、「漢音」の2種類と、さらに「唐音」と呼ばれる種類の音をもつ漢字もあります。

「呉音」は4~6世紀、南方の「呉」地方(現在の江蘇省南部)から、主に僧侶により伝えられました。
  〔例〕外科(カ)、修行(シュギョウ)、男女(ナンニョ)など

「漢音」は7・8世紀頃、長安(現在の陝西省西安)から遣唐使などにより伝えられました。平安京への遷都を行った桓武天皇によって、漢音を用いるようにとの詔勅が出されたことで、呉音より漢音が一般的になりましたが、仏教や医学用語には呉音が残りました。
  〔例〕外国(ガイコク)、銀行(ギンコウ)、男女(ダンジョ)など

「唐音」は宋・元・明・清代にかけての浙江省杭州あたりの南方の発音が、禅僧や商人により11世紀以降伝えられたものです。
  〔例〕外郎(ウイロウ)、行火(アンカ)、饅頭(マンジュウ)など


意外と身近な「唐音」

先ほどの例でみたように、「外郎」を「ウイロウ」と読ませたのは、「外(ウイ)」という唐音を当てたわけです。
「唐音」とは、「漢音」より新しく伝わった音をまとめていいます。数はそんなに多くはありませんが、身近なものもあります。たとえば杏子(アンズ)、暖簾(レン)、風鈴(フウリン)や、このコラムの第4回(2014年12月17日掲載、「お菓子になった動物たち」)で取り上げた羊羹(ヨウカン)などにも唐音が含まれています。

手元の漢和辞典(『新 漢語林(第二版)』)で「外」という漢字の音読みを調べてみると、
  「 (漢)ガイ (呉)ゲ (唐)ウイ wài」
という表記が見られます。
これは「ガイ」が漢音、「ゲ」が呉音、「ウイ」が唐音であることを意味します。「wài(ワイ)」は現代中国語の標準語(北京語)の発音です。唐音は現代の中国語と類似している音であることがわかります。一度お手持ちの漢和辞典で身近な漢字、たとえばあなたの名前を調べてみるのも面白いでしょう。


全国のういろう

(写真4)「青柳ういろう」

ところで、このコラムの構想中に、「青柳ういろう」を頂戴しました☆
ういろうといえば名古屋が有名で、幼い頃から馴染んだ味です。1964(昭和39)年に東海道新幹線が開通すると、名古屋では「青柳ういろう」一点だけが選ばれ、車内販売を開始したことにより、名古屋名物として定着したようです。柳を英語でwillow(ウィロウ)というので「柳にカエル」のロゴマークを使っているそうで、唐音とEnglishの愉快な語呂合わせです(写真4)。

山口へ出張していた夫が、美味しいと噂の「山口外郎」をお土産に買ってきてくれました。製造元の御堀堂(みほりどう)の由来書によると、他地方とは製法が違い、山口産のワラビの根から採れる澱粉(でんぷん)を主原料として小豆餡(あん)と小麦粉を練って作るそうです。確かに口当たりが良く、弾力性があります。

お菓子のういろうは全国区なので、これからもまだまだ研究(?)を続けていきますが、次回も甘いお話です。何が出るかお楽しみに。


〔参考文献〕
円満字二郎『漢字ときあかし辞典』(研究社)
白川静『字統』(平凡社)
笹原宏之『当て字・当て読み 漢字表現辞典』(三省堂)
笹原宏之『漢字の歴史』(ちくまプリマー新書)
中山圭子『事典 和菓子の世界』(岩波書店)
「小田原と外郎家」(株式会社ういろう)
『日本国語大辞典』(小学館)


筆者紹介

矢作 詩子(やはぎ・うたこ)さん

1972年、同志社大学法学部卒業。大学在学中に大阪万博で通訳の経験をしたことがきっかけとなり、英語・日本語講師になる。1993年ジャカルタの法律事務所で日本語指導。帰国後、漢検準1級取得。2003年より学習院生涯学習センターで「おとなのための漢字学習」を11年間担当。武蔵野市、日の出町など自治体の漢字教養講座も担当。漢字教育士資格講座を受講して、白川文字学を学び、2013年「漢字教育士」・「漢字教育サポーター」資格取得。兵庫県芦屋市在住。


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