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【丹羽孝さん】古代文字と和歌(1)

「因」をめぐっての考察

漢字研究は文化研究

漢字教育士講座を受講していた時、こんな話を聞きました。「白川静先生は、『自分は漢字学者ではない。中国文化の研究手段として漢字を研究した。そして究極の研究目的は日本文化を明らかにすること』と述べられていました。」と。
その後、白川先生の著書を何冊も手に取り、通読してみましたが、白川先生は確かに、文字を通して文化を見る学問をしておられたのです。
そして、実は私も、私自身の学びを進める中でささやかな体験をしたので、これからそのことについて書いてみたいと思います。


甲骨文字で由来をみる

古代文字、とりわけ甲骨文字の字形は、その字の由来を知る意味で、実に興味深い存在です。といっても、研究者でもない限りは、字書の上でしか甲骨文字の字形は見られないし、字の解釈も字書に書かれているものを鵜呑みにするより他ありません。
ただ、「ある文字の甲骨文字はこれです。」と字書に示してあるとしても、その字形はあくまで代表例なのだということは、心に留めておいてもよいと思うのです。


「因」と「衣」の甲骨文

たとえば、「因」の字形は(図1)のように、人の正面形である「大」と、むしろである「囗(い)」を組み合わせたものとして提示されています。『常用字解』(白川静・著、平凡社)によると、「人がむしろの上に大の字になって寝ている形」であり、「むしろ、寝ござ」をいう、と説明されています。

台湾大学・台湾中央研究院の共同開発になる、「漢字古今字資料庫」という古代文字のデータベースがあるのですが、そこで私は、たまたま「因」という字形を 見る機会がありました。その時、私が見た「因」の甲骨文字は(図2)のような字形であり、通常の「因」の甲骨文字の字形とは全く違うものでした。「むしろ」に相当する部分がなく、むしろ別の字形に近い物でした。そう、私はこの字形を見た時、「これは『因』ではなく『衣』ではないか。」と反射的に思ったの です。


(図1)「因」の甲骨文の一般的な字形

(図2)「因」の甲骨文(漢字古今字資料庫の画像よりトレース)

「衣」字の甲骨文の字形を(図3)に示します。(図2)で見た漢字古今字資料庫の「因」字の甲骨文の外側に、よく似ているとは思われませんか。(図2)の「因」は、『むしろ』の中で『人』が寝ているのではなく、『衣』の中で『人』が寝ている姿に見えませんか。


(図3)「衣」の甲骨文(漢字古今字資料庫の画像よりトレース)

「依」の甲骨文

そして、「衣」と「人」が組み合わさった文字といえば、「依」がまさにその字なのですが、『常用字解』には次のような説明があります。

「人」と「衣」とを組み合わせた形。「人」に「衣」を添えた形。「衣」には「人」の霊が憑りつく(乗り移る)と考えられたので、霊を授かる時、霊を引き継ぐときに、霊が憑りついている「衣」を「人」により添えて、霊を移す儀礼をした。それで「よる、よりそう」の意味となる。

(図2)の「因」字の甲骨文と、(図4)の「依」字の甲骨文を見比べてみてください。「人」の向きが正面であるか、側身であるかの違いだけです。「因」と 「依」は関連字なのではないか……? 「因」も「依」も「よる」という訓読みであるだけでなく、依り代、原因、依存、起因、因果などの熟語を考える と、字義の上でのへだたりも小さそうです。関連字に思えてはきませんか。


(図4)「依」の甲骨文(漢字古今字資料庫の画像よりトレース)

「衣」関連の和歌

さて、漢字の共通性はともかく、「衣」、「人」、「寝」とくると、一つひらめくものがあったのです。それは日本の平安時代の和歌でした。百人一首の91番目、後京極摂政前太政大臣、藤原良経の歌です(『新古今和歌集』秋下)。

きりぎりす 鳴くや霜夜の さむしろに 衣かたしき 一人かも寝む
(こおろぎが鳴く霜の降りた夜、寒々したむしろで、着物を片脱ぎしてどうして一人寝をしなければならないのか、なんと因果なことよ。)


まとめ

時代も場所も違う文字と和歌。甲骨文の字形と「むしろ」、「衣」、「一人寝」などの語句から、「中国と日本文化の共通性」を見出そうとするのは強引過ぎるでしょうか。中国でも『詩経』などに当たってみれば、「衣」にかかわる例が見つかるかもしれません。「因」の甲骨文から和歌にまで話が広がりました。
でも漢字教育士の発想は、ここからさらに広がるのです。その詳細は次回のコラムにて。ではひとまずごきげんよう。


筆者紹介

丹羽 孝(にわ・たかし)さん

1950年、大阪府生まれ。電器メーカーに技術者として37年間勤務後、定年退職。
学生時代から『万葉集』を通じて古典に憧れ、「漢字・日本語」についての理解を深めたいとの思いから漢字教育士を志す。2013年・2014年と、奈良県 斑鳩町の小学校で放課後教室にて漢字授業を実施(町内の全小学校で実施済み)。また、子ども夏祭りでの「漢字縁日」を企画・実施。2014年からは公民館 で、大人向けに『万葉集』を楽しく分かりやすく、との趣旨で「気楽に万葉集」講座も始めた。漢字教育士1期生。


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