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【矢作詩子さん】「詩子先生の漢字教室」(1)

「詩子先生の漢字教室」?学習院生涯学習センターを担当して?

11年間の漢字講座

 「詩子先生の漢字教室」アルバム

2003年、学習院生涯学習センターで開講

ここに一冊のアルバムがある。学習院生涯学習センター「おとなのための漢字学習」講座を2013年に引退した時に、受講生の方が私にプレゼントしてくださったものだ。
タイトルは「詩子先生の漢字教室」。講座の様子を撮影・編集した貴重な記録である。
「おとなのための漢字学習」は2003年に開講した。日本漢字能力検定協会から委嘱され、漢字講師としての活動が始まった。当時も全国に「『漢検』対策」講座は多くあったが、学習院からは「教養として、漢字の魅力を知る」をテーマにした講座を、という要望であった。漢字学習を通じて広く深く日本文化に触れる講座を目指し、資料は毎回手作りした。


講座概要

【日程】
前期(春講座)と後期(秋講座)の年間2期。各期に6回の講座が2週間に1度行われるので、年間12回の講義準備が必要となる。
講義時間は1回90分。


講義の様子

【受講生】
当初定員は28名。第1回講座は14名からスタートした。年齢は20代から80代。私と同じ団塊の世代が多い。中には2時間以上かけて通う受講生もいらっしゃった。リピーターが増え、1年後には定員を超えた。その後抽選になることもあり、順調なすべり出しであった。リピーターが増えるということは、毎回違う話題を取り上げることが必須である。希望のテーマをアンケートで集め、季節の花を愛でながら名園や名刹巡りをして変化のある話題を講義に取り入れた。時には受講生の方々と博物館を見学したり、期末の懇親会では漢字学習の目的や方法、楽しい旅の話などを直接伺う機会も持った。


講座を振り返って

途中で東日本大震災を経験したが、講座は一度も途切れることなく11年間続いた。関西転居に伴い、残念ながら2013年に引退した。長く続けられたのは、熱心な受講生に支えていただいたからに他ならない。心よりお礼を申し上げたい。
幸運にも、知識と経験豊かな講師の方に引き継いで頂き、現在も講座は順調に続いている。
以下、講座の様子や、漢字にまつわる話題を色々と取り上げていきたい。


漢字政策と字体

漢字政策の歴史に垣間見える漢字の魅力

生涯学習講座で、よく出る質問が、「当用漢字は、今はどうなったのですか?」というものだ。私自身も「当用漢字を学習していた」ととりたてて意識したことはなかったし、当用漢字が常用漢字に変わったことも知らずに過ごしていた。その後、外国人に日本語の指導をするようになったことをきっかけに、漢字政策の歴史を調べ始めたのであるが、それとともに、私は漢字の魅力にとりつかれていった。漢字の扱われ方の変化、漢字そのものの変化の中に、社会の変化がうかがわれる興味深い話題がたくさん埋もれているのである。


▲ 「涙」の字体の変化

「涙」と「犬」と

当用漢字表は、第二次世界大戦後の1946(昭和21)年に内閣告示され、そこでは字種が1850字に制限された。
その後、1949(昭和24)年の「当用漢字字体表」で、簡略化した新字体が定められた。例えば(図3)に示したように、「涙」字は、当用漢字字体表では「犬」の部分の点が省かれ「大」になった。「大」は字源的には「人が手足を広げて立つ形」であるから、「(当用漢字字体表によって)『犬』が『人』に変わってしまった」と嘆く方もいる。
他方で、「犬」は勿論「犬」という字形で当用漢字字体表に入っている。ちなみに「猫」は当用漢字には入らなかった。


「常用漢字」の時代へ

当用漢字表から35年後の1981(昭和56)年に、常用漢字表が制定された。これは当用漢字表に、95字を追加したものである。こうして「当用漢字表」は廃止されたが、もとの字は全て常用漢字表に引き継がれた。この時、35年間待った「猫」も追加字に入った。
この時に追加された95字は、世の中の変化を反映していて興味深い。


▲ 「戻」の字体の変化

「戻る」について

紛らわしいのが、「戻る」という字(図4)。点がいるのかいらないのか、迷う人も多い。「戻」という字は戦後の当用漢字表には入らず、当用漢字世代は学校では習わなかったからだ。
その後、1981年の常用漢字表に、「戻」は「涙」と同じく、「犬」の部分の点を省いた新字体で入った。
「戻」も「涙」も、手書きで頂く葉書などには、今でも「点あり字体」がよく見られる。勿論私信などはこの字体でもよい。が、現在は「涙」も「戻」も点を省いた字体が一般的で、学校の試験などでは点をつけると「間違い」と判定されることさえある。
「戻」の構成要素である「戸」も「犬」も大切な意味を持ち、成り立ちには色々な説のある字だが、「涙」の場合は「点があった方が、『なみだ』らしくていい」という人もいる。


2010年、新・常用漢字における「犬」

パソコンや携帯の発達に対応し、2010年に常用漢字表の改定が行われた。29年ぶりの改定で、5字が削除された一方、196字が追加されて、新・常用漢字表の収録字種は2136字に増えた。
旧・常用漢字表の中で、「犬」を要素として含みながらも、「犬」の点を省く形で収録されていた字は、「器・臭・突・戻・涙・類」であった。そこに、2010年の新・常用漢字表では、「犬」を要素として含む「嗅」〔キュウ・か(ぐ)〕が追加された。
ここで注目の「犬」の点について、「嗅」は、点を付けた字形でも付けない字形でも、「どちらの字形で書いても差し支えない」とされている(「明朝体と筆写の楷書との関係について」)。犬が犬らしい時代が戻ってきた。でも「点のついた『戻る』」は、もう戻らない……。今後も、時代に応じた漢字の使われ方に注目していきたい。
 


筆者紹介

矢作 詩子(やはぎ・うたこ)さん

1972年、同志社大学法学部卒業。大学在学中に大阪万博で通訳の経験をしたことがきっかけとなり、英語・日本語講師になる。1993年ジャカルタの法律事務所で日本語指導。帰国後、漢検準1級取得。2003年より生涯学習センターや自治体などの漢字教養講座を担当する。漢字教育士資格講座を受講して、白川文字学を学び、2013年「漢字教育士」・「漢字教育サポーター」資格取得。兵庫県芦屋市在住。


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