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ヨネ:やあ、クマさん、しばらくぶりだね。元気かい?
クマ:ああ、ヨネさん、久しぶり。相変わらず漢字の成り立ちのエピソードを集めてるのかい?
ヨネ:まあね、こればっかりは、やめようったってやめられるものじゃないさ。結構な量になったよ。
クマ:そんなにたくさんエピソードを集めてるのかい。じゃあ、ぼくにもいくつか教えてくれないかい。
おもしろいこと好きのヨネさんのことだから、楽しい話がいっぱいなんだろう?
ヨネ:そうだな、ただ紹介するだけじゃつまらないから、ちょっと川柳に仕立ててしゃべってみようか。
例えばこんな感じだ。
ヨネ:始皇帝って、君も知っているだろう? 世の中を一変させた人だ。
クマ:へぇー、そうなの。名前は聞いたことあるけど、昔の中国のすごい皇帝、っていうくらいしか知らないなあ。
どういうことをやったんだい?
ヨネ:えーと、高校世界史の教科書を見ると、こんな用語が並んでるね。中国の統一、郡県制による中央集権化、
度量衡・文字・貨幣の統一、焚書坑儒による思想統制、万里の長城の修築、兵馬俑で知られる始皇帝陵の建設。
そして、教科書には載ってないけど、『?』の字を『罪』に変更したのも始皇帝だ。
クマ:日本で言うと織田信長みたいな人だね。もっとも中国と日本じゃあ、スケールはかなり違うけど。
ところで、漢字好き、おもしろいこと好きのヨネさんのことだから、この中で一番興味があるのは、この最後の
漢字の変更のことだろう?
ヨネ:図星だね。
クマ:『?』なんて漢字、ぼくは初めて見たんだけど、これは『罪』っていう漢字と同じ字なのかい?
ヨネ:『罪』という字は、もとは『?』という字だったんだよ。『自(=はな)』と『辛(=鋭い刃物)』から成る字だ。
『法を犯して鼻を切り落とす刑を受けた人』を表していて、そこから『法を犯すこと』も意味するようになったんだね。
ところが、だ。この『?』という字の形が、始皇帝の『皇』の字とよく似ているだろう?
始皇帝はこのことが気に入らなかったんだ。
なぜかって、『皇帝』っていう呼び名を作ったのは始皇帝その人だし、そこで使っている『皇』の字だって、
『自(=はな)』と『王』で、鼻祖(=最初の王)という意味だったらしいんだ。
だから始皇帝は、『?』と『皇』が似ていることが、気に入らなかった。
そこで、『つみ』という言葉を表す字は、まったく似ても似つかぬ形の『罪』に改められたんだ。
クマ:じゃあ、『罪』という字はどういう成り立ちなんだい?
ヨネ:『网(=あみ)』と『非(=悪いこと)』で、『法の網にかかった人』ということさ。
『天網恢々(てんもうかいかい)、疎にして漏らさず』って言うだろう?
法の網にかかる人というのは、要するに法を犯した人のことだから、『罪』が『法を犯すこと』も表すようになった。
で、このことを詠んだのがさっきの川柳なんだよ。どう?
クマ:うーん、上手いとは言わないけど(笑)、漢字好きは『へぇー』と思ってくれるかもね。
ヨネ:そうかい。そういうふうに『へぇー』と思って漢字に興味を持ってくれれば、ぼくは嬉しいんだよ。
クマ:じゃあ、ほかには川柳はないの?
ヨネ:駄作でよければ、いくらでもあるさ(笑)。じゃ、こんなのはどうだい。
クマ:孔明っていうと、あの『三国志』に出てくる、軍師の諸葛孔明のことだよね?
ヨネ:そうそう。『三顧の礼』『出師の表』『泣いて馬謖(ばしょく)を斬る』などなど、
彼にちなんだ故事成語がたくさんあるくらい、孔明といえばスーパー軍師として有名だよね。
でも、孔明は軍師としてよりも政治家として優秀だった、と評価する人も多いみたいだ。
で、その諸葛孔明が饅頭を作ったんだそうだ。
クマ:えーっ。軍隊の食糧にでもしたのかな?
ヨネ:ちょっと違うけど、軍に関連することではあるよ。
孔明が南方の雲南方面に遠征したときに、濾水(ろすい)という川があって、川は氾濫していて渡ることができなかった。
その土地は、『蛮族』と呼ばれる異民族が住むところだったんだが、その土地の言い伝えでは、
『蛮族』49人の首を切って川の神に供えれば、氾濫は抑えられる、ということだったらしい。
ところが孔明は、罪もない人の命を犠牲にすることをやめさせたいと考え、人の頭を模した49個の饅頭を作って、
神に捧げて氾濫を鎮めたそうだ。これが饅頭の由来らしいよ。
ちなみに、最初は『蛮族の頭』という意味で『蛮頭(まんとう)』とよばれていたこの食べ物は、
小麦粉を練って作った皮の中に、羊や豚の細切れ肉を入れたものだ。
それがのちに『饅頭(まんとう)』と書かれるようになって、日本では唐音で読まれて
『饅頭(まんじゅう)』という名前が一般的になったんだね。
話は孔明に戻るけど、孔明というと、命令に背いた愛弟子の馬謖を、
軍の規律を守るために処刑したこと(泣いて馬謖を斬る)で知られるように、
厳しい面もあった人物だ。だけど、こういう優しい面もあわせもっていたんだね。
で、このことを詠んだのがさっき言った川柳だよ。どう?
クマ:なるほど、確かに優しいね。これからの季節、ほかほかの肉まんを食べるときにも、この饅頭の話を思い出しちゃうよ。
こういう話、漢字好きや語源好きは『へぇー』と思ってくれるかもね。
ヨネ:『へぇー』と思って漢字に興味を持ってくれれば、ぼくは嬉しいんだよ。
クマ:まだまだあるんだろう?
ヨネ:もちろんだ(笑)。こんなのはどうだい?
クマ:また見慣れない字が出て来たね。今回も漢字の変更の話かい?
ヨネ:そうそう。『黄昏(たそがれ)』なんていうときの『昏』の字は、もとは『?』という形だったらしいんだ。
クマ:そうなの。誰がなぜ変えたの?
ヨネ:唐の2代目の皇帝、太宗が変えたんだ。太宗の名前は李世民というんだけど、自分の名前の字が、『?』っていう
マイナスイメージの字の中に含まれているのを嫌って、『昏』という形に変えさせたんだよ。
クマ:『?』っていう字は、マイナスイメージなの?
ヨネ:『?』は、『民(=目を見えなくした奴隷、くらい)』と『日』から成る字で、
『物が見えない暗い夜』を表しているから、マイナスイメージだね。
そもそも『民』の字がマイナスイメージなんだから、『世民』っていう自分の名前を変えるべきだと、
ぼくなんかは思っちゃうんだけど、でもそれは無理なことだよね。
それに李世民は、『?』を『昏』に変えさせただけじゃなくって、歴史を改竄した疑惑もある。
始皇帝にしても李世民にしても、権力者は歴史も漢字も捻じ曲げちゃうんだね。
クマ:『?』が『昏』に変わったことで、何かわれわれに影響があるんだろうか?
ヨネ:そうだねえ、この改変のせいで『昏』の成り立ちが説明できなくなった、ってことが言えるかな。
これは、漢字好きにとっては好ましいことではないね。
例えば結婚の『婚』という字も、この改変がなければ「女」偏に「?」という字だったはずだ。
古代には、結婚式は夜暗くなってから行われていたから、『?』という要素が含まれているんだよ。
クマ:でも、今われわれが使っている『婚』の字では、その成り立ちはわからない。
ヨネ:その通り。李世民は、シルクロードの東側を押さえて東アジア文化圏の中枢的役割を担った
唐の実質的な建国者であり、『貞観の治』という善政を行った名君として有名だけれど、
この漢字の改変はいただけないね。
で、このことを詠んだのがさっき言った川柳だよ。どう?
クマ:たった1字の漢字から、古代の結婚式の様子まで読み解くことが出来るものなんだね。
だけど、字形を変えることで、その成り立ちがわからなくなっちゃう、なんて、ちょっとショックだな。
この話も、漢字好きや成り立ち好きは『へぇー』と思ってくれるかもね。
ヨネ:『へぇー』と思って漢字に興味を持ってくれれば、ぼくは嬉しいんだよ。
さ、今日はもう遅くなった。次はまた違う話を持ってくるよ。
・「熊本出身のクマモンではなくイナカモン」と、ご本人談。65歳。
・趣味は、漢字・スポーツ・将棋・麻雀等に関する雑学・裏話・エピソードの蒐集。
・「おもしろきこともなき世をおもしろく、すみなすものは心なりけり」(高杉晋作・野村望東尼)の精神で、世の中をおもしろがることをモットーとする。語源、成り立ち、由来に諸説がある場合は、「モットーに沿っておもしろいものを採用する」とのこと。
・多くの人に接し、また朝礼など人前で話すことも多かった会社員時代に、話の題材を求めて書店で漢字の成り立ちの本を手にしたところ、それがきっかけで漢字にのめり込むこととなった。
・以後、「楽しい上に職務上も役に立つ」ということで漢字が好きになり、漢字教育士の資格を取得。
・漢字教育士として、川崎市中原区の市民講座で3回、イトーヨーカ堂のヨークカルチャーで6回の漢字講座開催実績あり。