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【丹羽孝さん】古代文字と和歌(2)

「衣」からの発想

漢字研究は文化研究

(図1)「因」の甲骨文(漢字古今字資料庫の画像よりトレース)

前回の振り返り

今回の話に入る前に、前回「古代文字と和歌(1)」の内容を振り返っておきます。
「因」の甲骨文字は、一般には「『むしろ』で人が寝ているところ」と説明されることが多いものです。しかし、「因」の甲骨文字とされる(図1)は、実は「衣」をまとって寝ている姿ではないか、「衣」の甲骨文字に似ているのではないか、という私の疑問からスタートして、「衣」「人」「寝」という共通点から、百人一首の

きりぎりす 鳴くや霜夜の さむしろに 衣かたしき 一人かも寝む
(こおろぎが鳴く霜の降りた夜、寒々したむしろで、着物を片脱ぎしてどうして一人寝をしなければならないのか、なんと因果なことよ。)

という藤原良経の歌にたどり着いたのでした。今回は、ここからさらに話を広げていきます。


コオロギ異聞

「聞きなし」の文化

先ほどの和歌に出てくる「きりぎりす」は、イソップの寓話「アリとキリギリス」に出てくるキリギリスではなく、現代の日本語で言うコオロギのことです。
ところで日本人は、論理処理脳である左脳で、虫の音を処理しているといわれています。これはどういうことかというと、虫の音に限らず、「音」を言葉として処理しているということです。「聞きなし」は日本人独特の文化です。
コオロギの仲間に「ツヅレサセコオロギ(綴刺蟋蟀)」がいます。鳴き声が「つづれさせ」、つまり「繕いをせよ。早く冬支度をしろ」と聞こえる、というわけです。これこそまさに、音を言葉として処理する「聞きなし」によって付いた名前です。ちょっとおせっかいな、しかしこれも「衣」に関連のある昆虫です。


興梠選手

また、「興梠」と書いて「こうろぎ」と読む難読苗字があります(仮名表記は「こうろき」とする方も、「こおろぎ」とする方もいらっしゃるようです)。
この「興梠」姓の方は、ほぼ、宮崎県高千穂地方の出身だそうです。高千穂町コミュニティセンターのホームページ(「(資料)高千穂町の姓氏」)によると、高千穂町の総人口の6%が「興梠」姓とのことです。サッカーJ1・浦和レッズ所属の興梠慎三選手も、宮崎県鵬翔高校の出身です。2014年のブラジル・ワールドカップでは、興梠選手は、残念ながら日本代表には選ばれませんでした。
でも、(もしかしてだけど、もしかしてだけど、)「マリケラセコオロギ(毬蹴らせ蟋蟀)」という名前のコオロギがいて、「マリケラセ、マリケラセ」と鳴いていたとしたら、(もしかしてだけど、もしかしてだけど、)「3本足のカラス」に代わって日本サッカー協会のシンボルマークになっちゃったんじゃないの。
そうしたら、(もしかしてだけど)興梠慎三選手も、あのオランダのロッペン選手にも負けない高速ドリブルを武器に、ゴールを切り裂いたんじゃないの。何せコオロギさん、足は「ロッポン」。


「衣」と万葉集

「衣の縫目」

もう少し、和歌の話をしますと、「衣」「つくろい」に関連したこんな歌が、万葉集にあります。

年の経ば 見つつ偲(しの)へと 妹が言ひし 衣の縫目(ぬひめ) 見れば悲しも  (巻12-2967)
(「年を経たら見ては偲べ」と妻が言った衣の縫い目を見たら悲しい)

この妻は、すでに亡くなっています。「衣更えの季節になれば、着なさい。」と、今風に言うなら、箪笥の引き出しに着物がしまってあったのでしょう(万葉時代に箪笥はなかったと思いますが)。一針、一針縫ってくれたその着物の縫い目を見ると、今は亡き愛妻の事が偲ばれる。衣の上に涙が落ちたかもしれません。私の好きな歌の一つです。
 


(図2)「依」の甲骨文(漢字古今字資料庫の画像よりトレース)

「妹が衣」

また、万葉時代、旅で夫婦が別れ別れになる時は、お互いの衣を交換し、旅の無事を祈ったのです。

わが旅は 久しくあらし この吾(あ)が著(け)る 妹が衣の 垢(あか)つく見れば  (巻15-3667)
(私の旅は久しくなったらしい。この私が着ている妻の衣に垢が付いているのを見ると)

旅では「妹の衣」を着たまま一人寝をしたのです。その気持ちは、「衣に妻の魂が憑依した」という意味では、まさに「依」の甲骨文字(図2)、さらには「因」の甲骨文字(図1)の字形そのものであったと思われます。


まとめ

前回、「因」の甲骨文字の由来に対する疑問から始めたこのコラムですが、今回は、「コオロギ」「万葉集」を例にとりながら、「衣」に関連した話をしてきました。
「衣食住」の中で最初にくる「衣」。それに人がつつまれて安らぎが生まれ、またそれを媒介として人々との間にかかわりが生まれる。そのことが日中共通の「因果」や「依存」の始まりではないか……。これを、一応の結論といたしましょう。
もう少し明快な論理を展開しようと思ったのですが、テーマが「衣」だけに「歯にまで衣をまとわせて」しまったのがちょっと残念です。


筆者紹介

丹羽 孝(にわ・たかし)さん

1950年、大阪府生まれ。電器メーカーに技術者として37年間勤務後、定年退職。
学生時代から『万葉集』を通じて古典に憧れ、「漢字・日本語」についての理解を深めたいとの思いから漢字教育士を志す。2013年・2014年と、奈良県 斑鳩町の小学校で放課後教室にて漢字授業を実施(町内の全小学校で実施済み)。また、子ども夏祭りでの「漢字縁日」を企画・実施。2014年からは公民館 で、大人向けに『万葉集』を楽しく分かりやすく、との趣旨で「気楽に万葉集」講座も始めた。漢字教育士1期生。


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