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【矢作詩子さん】「詩子先生の漢字教室」(2)

常用漢字はどのように決まる?(その1)

常用漢字表の改定

前回に続いて、漢字政策の歴史にまつわるエピソードを取り上げていく。
2010(平成22)年11月、それまでの常用漢字表に196字が追加されて、新常用漢字表ができた(平成22年内閣告示第2号)。この告示のもととなった、同年6月の文化審議会答申「改定常用漢字表」によると、ここで追加された字の候補は、『朝日新聞』と『読売新聞』の紙面、ウェブサイト調査の抽出データ、書籍の組版データなどから、出現頻度の高い字が選ばれている。調査対象の「書籍」とは、単行本を中心に、『文藝春秋』や『週刊ポスト』などの雑誌も含まれる。また、司馬遼太郎の作品は『街道をゆく』を含め約50点もあるそうだ。それらの膨大な資料の中から、出現頻度に応じて削除や追加が決まっていった。


消えた「鷹」

改定の審議の過程で、2009(平成21)年、一旦は追加字の候補に入っていた「鷹」が、「鷲」や「雀」と一緒に外された。「『鷹』が消えたわ!」と、三鷹市の清原慶子市長が驚き、復活陳情したという記事が新聞に載った。
そういえば、私が東京の「三鷹市下連雀」に住んでいた頃、郵便物の手書き住所には「鷹」の「にんべん」の部分が無かったり、正しくは「小+隹」とすべき「雀」を「少+隹」と書くなど、微妙な間違いがよくあった。「鷹」も「雀」も、「漢検」では難関と言われる準1級の字である。
一方で、「鶴」や「亀」は、新たに常用漢字に選ばれた。それから、甲子園球場の近くで育った私が日常的に親しんでいた「虎」という字。この字も、意外にも今まで常用漢字ではなかったのだが、今回やっと選ばれた。
どの漢字が常用漢字に加えられるのか、その選別と決定の過程は、なかなか見えにくい。一体どうやって決められたのか?


「虎」はセーフ

「鷹」が常用漢字の候補から外された理由は、「地名や人名などの固有名詞としての使用例が多い」などだった。
が、「虎(コ・とら)」は、「音・訓ともによく使われる造語力の高い字」との理由でセーフとなった。告示された常用漢字表の「例」の欄には、「虎穴・猛虎」が掲げられている。「亀(キ・かめ)」も、「亀裂」などの用例が掲げられている。「鶴(つる)」は訓読みのみが常用漢字表に入ったが、「千羽鶴」など身近な用例が掲げられている。
これらの追加字の候補に関して、2回のパブリックコメント(一般意見)の募集もあった。常用漢字の審議は2005年から5年かけて行われ、その間、新聞やテレビで論評がにぎわった。また、『クイズプレゼンバラエティー Qさま!!』(テレビ朝日系列)などのクイズ番組でも漢字を扱う機会が増えていて、漢字に対する世論の高まりもあった。


漢字小委員会の傍聴を申し込む

常用漢字の改定は、文部科学省に設置されている文化審議会で調査・検討された。文化審議会の中には「国語分科会」があり、その中にさらに「漢字小委員会」という専門家チームがあって、このチームが調査・検討を行なっている。私が担当していた学習院の漢字講座にアドバイスを頂いていた早稲田大学の笹原宏之教授も、「漢字小委員会」の委員をされている。
文化庁のホームページには、委員会の開催の案内が掲載されており、一般傍聴のための登録方法も告知されている。私も存じ上げている笹原教授が委員をされていることもあり、メールで氏名・所属・連絡先を登録して、傍聴を申し込んでみた。30年に1度の漢字政策の動きを審議する、その現場を目の当たりにできる絶好の機会である。


文化庁へ

霞が関の文部科学省庁舎の中に文化庁がある。正面入り口に掲げられた手書きの看板が目立つ(図1)。「誰が書いたのか?」とよく話題に上ることで有名だ。
省庁の看板の文字は、近年では発足時の大臣や長官が書くことが慣例になっているらしい。が、文化庁の看板は、成瀬映山という文化功労者の書家の揮毫だそうだ。
入り口で手続きを済ませ、物々しい警備の中、重厚な文部科学省庁舎の特別会議室に入る。文科省の担当者と14、5名の委員の会議机が並べられている。委員には、大学教授、作家、新聞社代表、出版社代表、公立小・中・高の校長先生や、テレビでよく見る女性の翻訳家もおられる。委員机を取り囲むように、取材席と傍聴席が用意されていて、席には分厚い配布資料が置かれている(図2)。毎回の審議内容はホームページで公開されているので、誰でも見ることができる。


(図1)文化庁(文部科学省)正面入り口

(図2)漢字小委員会の配布資料

「俺」の審議

傍聴した2008(平成20)年当時、メディアで話題になっていたのは「俺」という字。委員の大学教授によると、「にんべんに竜」と書く男子学生がいるそうだ。常用漢字に入っていないから、学生にとっては、学校教育で学習する機会を経ていない字である。が、小説や漫画、あるいはウェブを通して、「俺」という字を目にすることは多い。そうしていつの間にか自分なりに習得し、字体がはっきりしないまま理解していることが、誤字を生み出している一つの原因ではないかとの説明があった。確かに私自身も、「奄」の下の部分(最終画)を上に突き抜けるのかどうか、迷うことがある。
その後、委員の間で「俺」をめぐる熱いやりとりがあった。中学校の先生は「俺」という字を教えることに否定的であったが、「『俺』を入れる派」の翻訳家は、「彼」「君」「僕」のように代名詞が全部漢字で書き表せて統一がとれるという意味で、入ってもいいのではないかとの意見を述べていた。


お待たせしました

このように賛否の割れた「俺」だったが、採用の決め手の一つになったのが、ウェブサイトの調査だった。常用漢字表に入れる候補とされた漢字の中では、書籍の組版データでは出現頻度は5位だが、インターネットの世界では1位だったそうだ。審議も十分されて、堂々の表入りとなった。
白川静先生の『常用字解』(平凡社)には、「俺」は「大きいの意・13世紀の元代のころから『われ、おれ』の意味に使用する」とある。円満字二郎先生の『漢字ときあかし辞典』(研究社)は、「もとは中国の方言で俗語的に用いられていた。そのニュアンスを生かしてやや乱暴な語感をもつ日本語『おれ』を訓読みとしたのは名訳であろう」と、べた褒めだ。
「俺」といえば、店頭に並んでいた「俺好み」豆腐には、味にこだわりがありそうだ。そして私は、石原裕次郎の歌「俺は待ってるぜ」(1957年)をつい思い出す。東京地区の第1期漢字教育士が開いている「研鑽会」という研究会があるのだが、その会が終了したあと、カラオケでいつも裕次郎になりきって、この曲を熱唱するおじさまがいる。団塊世代は幼い頃によく馴染んだ曲だ。
「俺」には長らく待っていただいたが、もう迷わずに正しく書けそうだ。裕ちゃんは今頃、あの懐かしい声で歌っているかもしれない。「俺」は待ってたぜ~♪


筆者紹介

矢作 詩子(やはぎ・うたこ)さん

1972年、同志社大学法学部卒業。大学在学中に大阪万博で通訳の経験をしたことがきっかけとなり、英語・日本語講師になる。1993年ジャカルタの法律事務所で日本語指導。帰国後、漢検準1級取得。2003年より生涯学習センターや自治体などの漢字教養講座を担当する。漢字教育士資格講座を受講して、白川文字学を学び、2013年「漢字教育士」・「漢字教育サポーター」資格取得。兵庫県芦屋市在住。


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