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【新井由有子さん】挿絵能書(2)

「漢字教育」の中の「子」

前回に引き続き、コラムトップの画像にまつわるお話を。

「漢」「字」「教」「育」の4文字の中に、「子供」が3人隠れています。わかりますか?


「字」と「教」の2字の中の「子供」は、簡単にわかるかと思います。楷書体で見ても、「子」の字が含まれていますね。白川静先生の『常用字解』によると、次のように説明されています。

「字」:宀(ベン)は祖先の霊を祭る廟(※1)の屋根の形。子が生まれて一定の日数が過ぎて養育の見込みが立つと、廟に出生の報告をする儀礼を行うことを示す。
「教」:爻(コウ)は屋根に千木(※2)のある建物の形で、校舎をいう。子はそこで学ぶ子弟。爻に攴(ボク・鞭)を加えて、学舎で学ぶ子供たちを長老が鞭撻(※3)することを示す。

▼注記
※1:「廟(びょう)」は「みたまや」とも呼ばれ、祖先の霊などを祭るために建てられた建物を言います。
※2:「千木(ちぎ)」とは、屋根の棟の上に載っている「×(バツ)」型の装飾のことで、日本でも神社などの屋根に見ることができます。
※3:「鞭撻(べんたつ)」とは、本来は「鞭(むち)で打っていましめる」ことを言い、ここでもその意味で用いられています。今日では、そこから転じて「しっかりせよと励ます」意に多く用いられます。


そしてもうひとつの「子供」は、「育」にあります。上部の「 (トツ)」は「子」を逆さまにした形で、子供が生まれ落ちるときの姿を表しています。「育(古くは『毓』でした)」の甲骨文・金文を見ると、逆さまの子供の隣に「女」の形。うーん……なかなか生々しい字形です。


やがて字体は変化し、「女」の要素に替わって「月」の要素が加わるようになります。篆書体の字形を見てわかるように、これは空の月ではなく肉体性を示す「にくづき」で、子供を養い育てることを表しているようです。


以上、「字」「教」「育」という3つの文字の成り立ちを見てきましたが、これら「子」を含む字は、子供の生誕・成長とそれに関わる儀礼から生まれた文字です。


「字」を探る

ところで、先ほどの『常用字解』の説明によると、「字」という字は、「祖先を祭る廟」の中に「子」がいる様子を表していました。では、廟にいる子供がどうして「文字」の意味になるのでしょうか?
「字」の字義を『大漢和辞典』で調べると、このようになっています(便宜上、用例等は省略しています)。

(一)うむ。 (二)はらむ。 (三)やしなふ。はぐくむ。 (四)めす。 (五)いつくしむ。愛する。慈に通ず。 (六)もじ。ふみ。 (七)あざな。……(以下略)

なんとビックリ、「もじ」の意味がなかなか出て来ません。「字養」「字育」などの熟語では「はぐくみそだてる」という意味になり、字義の(五)にある通り、音読みが同じ「慈(ジ・いつくしむ)」に相通ずるとか。つまり、「もじ」という意味は、「字」という字の本来の字義ではなかったようなのです。単純な「もじ」を「文」といい、それらが複合してふえた「もじ」を「字」という、という説もあるようです(『新字源』)。けれども現代の世の中で(住所の「あざ」を除けば)、「字」が「もじ」以外の意味に使われることなどあるでしょうか?

では「もじ」という意味がどこから来たのかというと、廟での出生報告の儀礼において、その子供には幼名が与えられました。これを字(あざな・小字)といい、ここから「もじ」の意味へと繋がっていったということです。

古来中国では諱(いみな)と字(あざな)、2つの名を持つ習慣がありました。諱はその言葉通り、容易に呼んではならない「忌み名」で、その人の魂と結びついた特別なものでした。ゆえに昔の中国では、諱を呼べるのは主君や親・年長の親族など限られた人だけで、それ以外の者が口にすることは非礼に当たり、通常は字(あざな)が用いられました。
例えば、『三国志』で軍師として有名な「諸葛亮(しょかつ・りょう)」を諱の「亮」で呼んでよいのは、ご主君の玄徳(←劉備の字)や兄上の瑾(きん)(←おっと諱でした。字は子瑜)あたりだけで、皆は字の「孔明」で呼ぶべきである、ということです。


字(あざな)あれこれ

さて、現代の日本人にはいささかピンとこない字(あざな)ですが、これにまつわる言葉には、我々の日常にすっかりなじんでいるものもあります。
兄弟に字をつけるとき、上から順に伯・仲・叔・季の文字を冠する、というパターンがあります。(必ずではありません。)




例えば、「実力が伯仲する」の「伯仲」は、兄弟のうち長兄(伯)と次兄(仲)は歳も近く大差が無いことにちなんだ表現です。また、親より年長のきょうだいを「伯父・伯母」と書き、年少のきょうだいを「叔父・叔母」と書きますね。あるいは、「季」と書いて「すえ」と読む人名もあります(実際には5番目以降の兄弟もいたとしても)。
これらは伯仲叔季の字から生まれた言葉です。この習慣は周代にまで遡れるそうです。

そういえば『三国志』の英雄、呉の孫権の字は「仲謀(ちゅうぼう)」、早世した彼の兄・孫策の字は「伯符(はくふ)」。余り知られていないけれど、その下の弟たちは「叔弼(しゅくひつ)」と「季佐」、おお完璧。
そして、やはり『三国志』に登場する人物ですが、「馬氏の五常、白眉 最も良し」と謳われ、「白眉」という故事成語の由来となった蜀の馬良の字は「季常」。その弟で孔明を泣かせた(そして斬られた)馬謖(ばしょく)の字は「幼常」。「馬氏の五常」というのですから、もう「三常」がいたはず。他3人の兄弟の名は定かでないそうですが、字はきっと「伯常」「仲常」「叔常」でしょうそうでしょう。
また、魏の名将から西晋の祖となった司馬懿(しば・い、字は仲達)の兄弟は合わせて「司馬八達」だとか。字を見ると、兄に「伯達」、弟には「叔達」「季達」、更に「顕達」「恵達」「雅達」「幼達」と続きます。

『三国志』で熱くなり過ぎましたが、この「字」のように、漢字の原義を調べてみると、慣れ親しんだはずの字の意外な過去に驚愕することがままあります。三千年の歴史は伊達じゃないのでございます。


〔参考文献〕

 白川静『字統』(平凡社)
 白川静『常用字解』(平凡社)
 『大漢和辞典』(大修館書店)
 『新字源』(角川書店)
 フリー百科事典 Wikipedia


筆者紹介

新井 由有子(あらい・ゆうこ)さん

漢字教育士講座1期生。
2012年、受講中の漢字教育士講座レジュメ上で、甲骨・金文の「見」(図左)と目が合い一目惚れ。すっかり中国古代文字に魅入られて、字書游泳が趣味となる。
この度コラムの場を頂けてしめしめ、滾(たぎ)る文字妄想を書き連ねる所存です。
東京都在住、デラシネのOL。徳島県出身。


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