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【矢作詩子さん】「詩子先生の漢字教室」(4)

お菓子になった動物たち

前回までは漢字政策の話題が続きましたが、今回からは美味しいお菓子が登場します。


干支(えと)菓子の羊

今年も残すところあと10日余りになりました。来年は乙未(きのとひつじ)年ですね。羊の絵柄の年賀状書きに励んでおられる方も多いと思います。和菓子の職人さんたちも忙しい時期を迎えています。年末年始に販売するお菓子の中でも人気のあるのは「干支菓子」で、羊の意匠を凝らしたお菓子が店頭を賑わすことでしょう。

そもそも「羊」という字は、3000年ほど前の漢字の一番古い字体である甲骨文を見ると、羊を前からみた象形文字で、その角と上半身を写した形です。



  


俵屋吉富と京菓子資料館

京都御所の北にある京菓子司「俵屋吉富」(たわらやよしとみ・1755年創業)の干支菓子の羊は、パンフレットでみると、その特徴的な角と、羊毛のふわふわ感がよくでている、とても愛らしい姿です。

その「俵屋吉富」は2001(平成13)年、隣接地に「京菓子資料館」を増設し、いつでも和菓子の展示や資料が見られるようになっています(写真1)。資料館では、干支菓子についてこんなお話を伺いました。

花鳥風月を多くモチーフにした京菓子においては、兎や羊、犬はかわいらしく作りやすいのですが龍と蛇が厄介です。そのまま表現するとリアルで食欲も失せてしまいます。

なるほど、動物のイメージを京菓子の繊細さで表す干支菓子は、職人さんの腕の見せどころなのです。
そういえば2年前の辰年の干支菓子は、雲と龍の尻尾を描き、天へ昇って行く龍の姿がデザインされていました(写真2)。資料館1階のお茶室で出された龍のお菓子は、色彩も正月らしい華やかさでした。上品な甘さが口の中に広がり、お抹茶も香り良く、確かに天にも登る心地でした。


(写真1)京菓子資料館

(写真2)干支菓子「龍」

京菓子「雲龍」

「俵屋吉富」と言えば、京都の代表的なお菓子「雲龍」が知られています(写真3)。大正末期に七代目菓匠が、向かいにある相国寺(しょうこくじ)に保存されている「雲龍図」(狩野洞春筆)に感動して、雲に乗る龍の姿を、京菓子として表現しました。「雲龍」という命名も相国寺の管長によるものだそうです。


(写真3)「雲龍」

「雲」の字源は龍に関係があるようです。
「雲」は、「云(ウン)」がもとの字で、「云」は雲の流れる下に竜の巻いている尾が少し現れている形だそうです。確かに篆文の書体はくるりと巻いた竜の尻尾のように見えます。のちに「云」に雨かんむりを加えて「雲」の字になりました。



「龍」は頭に冠飾りをつけた伝説上の聖獣で、雲を呼び雨を降らせるといわれます。「龍」の甲骨文・篆文にも、そのことが表されています。




「龍」は、中国から伝わり、お寺の天井に現れたり、楽器になったり、さまざまな文様になったりと神出鬼没です。そんな「龍」のお話はまたの機会に取り上げることにして、もう少し来年の干支の羊のお話をしましょう。


西と東の虎屋

「俵屋吉富」のお店を出て、烏丸(からすま)通沿いに、相国寺、同志社大学の前を南へ下り、地下鉄今出川駅を過ぎると、「虎屋」一条店があります(写真4)。私の学生時代には通学の市電の窓から、この「とらや」の暖簾がいつも見えていました。市電の線路が無くなり車だけが行き交うようになりましたが、このあたりの烏丸通は京都御所の緑が一年中美しく、いい散歩道です。通り沿いにガラス張りの店舗が広がっていて、外からも美味しそうなお菓子がずらりと見えます。


(写真4)「虎屋」一条店と烏丸通

「虎屋」というと、東京のイメージが強いのですが、京都での歴史の方がはるかに長いことはあまり知られていないようです。創業は室町時代後期で、後陽成天皇在位中(1586~1611年)には禁裏(皇居)の御用を務めていたそうです。そして1869(明治2)年、明治天皇の遷都にお供し、京都店はそのままにして、新たに東京店を開設しました。
「虎屋」は現在、東京赤坂に本社があり、併設の「虎屋文庫」にはお店と和菓子の歴史に関わる史料が収蔵されていて、年に1~2回の特別展を開催しています。


(写真5)「虎屋」赤坂店

ところで、2014(平成26)年秋の京都御所の一般公開に行ったところ、20歳の昭憲皇太后(明治天皇の皇后)が遷都の際に乗られたという輿(こし)が展示されていました。驚くほど質素なもので、京都から20日間かけて東京に移動されたそうです。やんごとないお方ですらそんな様子だったのですから、車も、宅配便も無い時代の移動はどんなに困難だったろうと思ってしまいました。


「羊羹」の中には3匹の「羊」が

「羊羹(ようかん)」にはなぜ「羊」がいる?

「虎屋」といえば何と言っても羊羹ですが、お菓子の羊羹になぜ「羊」の字が使われているのでしょうか?
「羊羹」の「羹」は、字画が多いので「羔+大」や「羔+天」と略された表記もよく見られますが、実は「羔」の下の部分は「美」という字です。「羹」の中には「羊」が2匹、つまり「羊羹」全体には、なんと「羊が3匹」もいることになります!


「羹」という字の字義は、「あつもの」つまり羊のスープです。
字源をみていくと、「羹」の上部の「羔」は「こひつじ」の意味で、生まれた子羊がようやく立つ形。



「羹」の下部は「美」ですが、その「美」の下部の「大」は羊の後ろ足で、「美」という字は羊の全体を上から見た形です。「神に供える羊が立派である」ことを表したので、「形や味の美しいこと」を言うようになりました。




「羹(あつもの)」は羔(こひつじ)を用いた最も美味のものなので、「羔」と「美」を合わせて「美味しいスープ」を表す字ができました。「羊羹」は漢検1級クラスの難しい字ですが由来がわかると楽しく書ける字です。
もう書けますね☆ 「羊が3匹!」です。


なぜ「羊のスープ」がお菓子に?

羊羹は羊肉を使ったとろみのあるスープで、点心の一つとして中国から日本の禅宗寺院に伝わりました。肉食が禁じられていたことから、小豆や小麦粉、葛などを使い、羊肉に見立てた料理として作られるようになり、17世紀頃までには甘みのある菓子に変化していったようです。

羊羹といえば江戸時代の半ばまでは、蒸し羊羹を指しましたが、その後寒天で煉り固める煉羊羹が登場し、日持ちが良くなり、全国に広まったそうです。今では黒砂糖入り、抹茶入りなど種類も増えました。羊のスープが起源だなんて、いまさらながらびっくりです。

2009年寅年の秋に、学習院生涯学習センター漢字講座の受講生の方々と、赤坂の虎屋文庫の特別展「虎屋・寅年・虎づくし」展に出かけました。展示を楽しんだ後、地下の菓寮で甘い物を食べながら、あんな話、こんな話に花を咲かせたことが思い出されます。

来年もお菓子のお話が続きます。良いお年をお迎えください。

〔参考文献〕
 円満字二郎『部首ときあかし辞典』(研究社)
 白川静『字統』(平凡社)
 諸橋轍次『大漢和辞典』(大修館書店)
 京菓子資料館『龍年の京菓子』(2011年)
 虎屋文庫 第73回夏の特別企画「和菓子の歴史」展(2010年7月23日~9月20日) 資料「羊羹物語」


筆者紹介

矢作 詩子(やはぎ・うたこ)さん

1972年、同志社大学法学部卒業。大学在学中に大阪万博で通訳の経験をしたことがきっかけとなり、英語・日本語講師になる。1993年ジャカルタの法律事務所で日本語指導。帰国後、漢検準1級取得。2003年より学習院生涯学習センターで「おとなのための漢字学習」を11年間担当。武蔵野市、日の出町など自治体の漢字教養講座も担当。漢字教育士資格講座を受講して、白川文字学を学び、2013年「漢字教育士」・「漢字教育サポーター」資格取得。兵庫県芦屋市在住。


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