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【丹羽孝さん】古代文字と和歌(5)

「風」をめぐって

「風」をめぐる言葉

世論が大きく変わる時、「風が吹いた」とか「風が変わった」という言い方をします。また時代にもてはやされる人を「風雲児」と言ったり、突然言うことを聞くようになった子どもに「どういった風の吹き回しだろうね」などと、皮肉ったりもいたします。
日々の生活においても私たちは風を肌で感じ、物理学的に言えば、単に気圧差によって生ずる大気の移動現象に過ぎない風に様々な名前まで付けているのです。


「風」の古代文字

図1)「風」の甲骨文 (漢字古今字資料庫の画像よりトレース)

さて、「風」の甲骨文の字形は(図1)のように、鳳です。
白川静先生の『常用字解』には、「甲骨文字は鳥の形。神聖な鳥の形であるので冠飾りをつけている。鳳のもとの形と同じである。」と説明されています。
また篆文の字形は「天上には竜が住むと考えられるようになって鳳の形の中の鳥を取り、虫(き:竜や爬虫類の形)を加えて風の字が作られた」(『常用字解』)のです。


中国の「風」

図2)『説文解字』に見える「八風」(『説文解字注』を参考に作図)

中国の漢代に書かれた『説文解字(せつもんかいじ)』という書物があります。許慎という人物の手による漢字字典で、見出し字を小篆という字体で示した上で、それぞれの字の成り立ちや本義(もともとの意味)などを説明する構成になっています。
その『説文解字』の「風」の項を見ると、「風」には8つあるとして、吹いてくる方位ごとに名前が付けられています。
そこで、この8つの風についてもう少し詳しく調べてみます。清代の段玉裁という学者が書いた注釈書(『説文解字注』)を見ると、中国の古今のいろいろな書物から、8つの風に関する記述を引用しながら、『説文解字』の本文を解釈しています。段玉裁が付けた注釈の詳しい内容は省略しますが、それを見ると、8つの風それぞれの吹いてくる時季も明らかになります。
これらをもとにして、『説文解字』に見える8つの「風」を図示してみると、(図2)のようになります。図の中央にある古代文字は、『説文解字』の見出し字になっている小篆で書かれた「風」です。
8つの風を見ていくと、南西から立秋に吹く「涼風」は字からその意味するところが理解できます。西風は「?闔(しょうこう)風」といって聞きなれない名前ですが、漢代に編纂された『淮南子(えなんじ)』という書物によると、この風が吹けば、「懸垂(鐘や磬をつりさげる道具)をとりかたづけ琴瑟の弦もはずす」とあり、冬支度をし始める目安となる風との認識があるようです。東風の「明庶風」が吹けば、「土地の境界を正して田畑を整地する」など、風が一年の生活の区切りとなっていたのです。また北東から立春に吹き始める「融風(調風)」については、『古今集』の立春の日の歌との関係で興味深いので、後であらためて取り上げます。ちなみに、『説文解字注』では、北東から吹く風について「調風」「條風」「融風」という3つの呼び名が出てきていますが、すべて同じである、と述べています。
漢字教育士資格認定講座の中の講義で、笠川直樹先生から「『説文解字』自体、ただの字書ではなく、漢字の世界観を表した書物である」と教えて頂いたことが思い起こされますが、「風」という漢字一つにしても体系的に示してあるのは、さすが陰陽五行説発祥の国だと感心させられます。


日本の「風」

万葉集の「風」

『万葉集』には地名を冠した風の名前がたくさん出てきます。狭い国に吹く風、どこでも同じではないかと現代人は思うのですが、自然とともに生きてきた昔の日本人にとって、風への思い入れは現代人よりも深かったのです。以下にいくつかの地名風を紹介します。


明日香風

采女(うねめ)の 袖吹き返す 明日香風(あすかかぜ) 都を遠み いたづらに吹く(巻1-51・志貴皇子)
(明日香の都で女官たちの着物の袖を揺らせていた明日香風は、都が遠くなってしまった今では、ここ明日香の地でむなしく吹いていることよ)

志貴皇子(しきのみこ)は、大化の改新の立役者、天智天皇の皇子です。持統4(690)年、都がそれまでの明日香(飛鳥)から藤原京に移った時、廃都となった明日香では風がむなしく吹いていると詠っています。明日香と藤原京は直線距離でわずか3kmくらいしか離れてはいないのですが、風は違うのですね。


佐保風

現在の奈良市内を流れる佐保川(さほがわ)に吹く風です。

わが背子が 着る衣(きぬ)薄し 佐保風は いたくな吹きそ 家に至るまで(巻6-979・大伴坂上郎女)
(恋しいあのお方が来ている衣は薄いですから、佐保風よ、どうか強く吹かないでおくれ、あのお方が家に帰りつくまでは)

大伴坂上郎女(おおとものさかのうえのいらつめ)は大伴家持の伯母、歌人として青年家持に多大な影響を与えた女性です。


泊瀬風

泊瀬風(はつせかぜ)は、現在の奈良県桜井市初瀬(「はせ」または「はつせ」。歴史的には「長谷」「泊瀬」などとも表記されてきました)の谷に沿って吹く風です。

泊瀬風 かく吹く夜(よひ)は いつまでか 衣片敷き わが独り寝む(巻10-2261)
(泊瀬風がこのように吹く夜は、いつまで衣を片敷いて私は一人寝をしなければならないのだろうか)


伊香保風

群馬県の温泉地、伊香保(いかほ)に吹く伊香保風です。

伊香保風 吹く日吹かぬ日 ありといへど 吾が恋のみし 時無かりけり(巻14-3422)
(伊香保風は吹く日、吹かない日があるというけれど、私の恋だけは、時を選ばないことよ)


古今集の「風」

『古今集』は日本最初の勅撰集であり、万葉集と同じく巻数は20巻ですが、その部立(構成)は春上、春下、夏、秋上、秋下、冬で区切られた季節の歌や、恋の諸相を詠った歌を恋歌1から恋歌5に分類するなどなど、体系的に作られています。「季節感」と「恋愛感情」という日本文学の2大テーマを「和歌」を通じて体現した、まさに金字塔です。さすがに万葉の時代とは違って、風を論理的にとらえ歌っているように感じます。
特に『古今集』の開巻2番目、立春の歌として収録された紀貫之の歌は、『説文解字』で8つの風のひとつとして出てきた「融風」と見事なくらい呼応しているのです。それは、こんな歌です。

   はるたちける日よめる
袖ひぢて むすびし水の こほれるを 春立つけふの 風やとくらん
(巻1-2 春歌上)
(立春の日に詠んだ歌である。袖を濡らしながら汲んでいた水、冬の間は凍って汲めなかったのが、ようやく立春になったので、風が融かしてくれるだろう)

氷を融かす風、それが「融風」。もちろん「解かす」という表記もありうるでしょう。事実、『古今集』の校注者(久曾神昇氏)は「『礼記』の孟春の月、東風氷を解く」によったものという解釈を示しておられるのですが、私は、むしろ貫之が「融風」のことを知っていたような気がしています。
ちなみに『古今集』には、文屋朝康によるこんな「風」の歌もあります。

吹くからに 秋の草木(くさき)の しをるれば むべ山風を 嵐といふらむ(巻5-245 秋歌下)
(それが吹くと、草木や萎れるから、なるほど、「山風」を「あらし」と呼ぶのだろう)

「山」から吹く「風」が草木を萎れさせて、野を荒れさせる。このように「嵐」の字解きをしている歌もあるのです。


現代の「風」

吹く風
さて、現在社会にも様々な風が吹いています。「不況風」、「リストラ風」。また職場には新入社員に「先輩風」を吹かす怖い存在も居るでしょう。そんな社会で働く新人たちには、万葉人のように「風を感じる繊細さ」と「風を読むしたたかさ」とを合わせ持って、「逆風」に立ち向かっていって欲しいと思っています。そして世間の厳しい風に翻弄されず、むしろ社会に「新風を吹き込んで」もらいたいと思うのです。

吹かなかった風
これまで様々な吹く風を話してきましたが、2014年、大阪の人々にとっては、「吹かなかった風」があったのです。そう、あの「六甲颪(おろし)」が大阪で吹くことはありませんでした。
嵐が「山から吹く風」ならば、山を「吹き下る風」が「颪」。それが吹くべき場所、甲子園に帰ることなく、はるばる鷹狩りに行ったのに虎退治されて。博多ではまったく歯が立たず、最終戦も「狐につままれたような」あっけない幕切れでしたね。もっとも、巨人を破って日本シリーズに出場できたこと自体が、ファンにとっては「阪神半疑」であったのですが……。


まとめ

「風土」という言葉は、私たちの周囲の現在の環境だけでなく、歴史を含んで考える時に使われます。そのように日本人は昔から風を意識して生活してきたのです。ところが、「風」に対するそのような意識は、現代の日本では変わってきているようです。
例えば「風見鶏」は元来、神戸や横浜の異人館の屋根のてっぺんに取り付けられた、「風向きを示す役割を兼ねた飾り」なのですが、現代ではそこから転じて、世間の風潮、時代の潮流をいち早く察知し、時流に乗ろうとする「機を見るに敏な人」を揶揄する意味でも使われています。
でも、「風」という漢字の字源を調べてみると、「甲骨文字は鳥の形。神聖な鳥の形であるので冠飾りをつけている。鳳のもとの形と同じである」(『常用字解』)とあります。つまり、「風」とは「鶏(にわとり)」ではなく「鳳(おおとり)」が起こすものなのです。したがって「かざみどり」は「風見鶏」ではなく、「風見鳳」と書かれるべきではないでしょうか。そうなれば、「風見鳳」という言葉も、「天下国家の進むべき先を見極める人」として、尊敬の念を込めて使われるのではないかと思います。
私も世間の風評や風潮に流されることなく、しっかりと自らの肌で風を感じながら漢字と日本語のあるべき姿を考え、率先して行動する「風見鳳」漢字教育士にならねばならないと思っています。そうでないと、漢字教育士の「風上にもおけない奴」とのそしりを受けないとも限りませんものね。


〔参考文献〕
 白川静『常用字解』(平凡社)
 戸川芳郎・木山英雄・渋谷昭次(訳)『淮南子・説苑(抄)』(中国古典文学大系6、平凡社)
 中西進(校注)『万葉集(1)~(4)』(講談社文庫)
 久曽神昇(訳注)『古今和歌集(1)(2)』(講談社学術文庫)


筆者紹介

丹羽 孝(にわ・たかし)さん

1950年大阪府生まれ。電器メーカーに技術者として37年間勤務後、定年退職。学生時代から『万葉集』を通じて古典に憧れ、「漢字・日本語」についての理解を深めたいとの思いから漢字教育士を志す。2013年、2014年と奈良県生駒郡斑鳩町の小学校で放課後教室にて漢字授業実施(町内の全小学校で実施済み)。また子ども夏祭りでの「漢字縁日」を企画・実施。2014年からは公民館で、大人向けに『万葉集』を楽しく分かりやすくとの趣旨から「気楽に万葉集」講座も始めた。2014年10月の小学校での放課後教室を受講した5年生の児童から、「クラスのみんなにも漢字の話を聞かせてほしい」というオファーを受けて、11月に教室で「漢字の授業」を実施したところ、大好評。わずか45分間の授業で「漢字が好きになった」という子どもたちが続出。漢字教育士1期生。


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