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【矢作詩子さん】「詩子先生の漢字教室」(5)

お菓子と漢字のつながり

あけましておめでとうございます。
20年以上前に、インドネシアのジャカルタに住んでいたことがあります。赤道直下の国で、日本のような四季もなく、お正月も暑い日差しの中で迎えていました。2年程の滞在中で私が一番食べたかったものは和菓子でした。ご近所の日本人と知恵を合わせて、缶詰の餡、もち米の粉を使い、庭に植わっていたランブータンという果物の木の葉を桜の葉に見立てて、桜餅風のお菓子ができた時の嬉しかったこと! 日本にいると当たり前のように食べているのですが、工夫を凝らした和菓子は世界に誇れる文化だと思います。
新しい年も、美味しいお菓子の話から始まります。


お菓子の「菓」はなぜ「くさかんむり」が付いている?

さて、その「お菓子」ということばですが、なぜ「菓」に「くさかんむり」がついているのでしょうか?
今でも果物のことを水菓子といいますが、本来、菓子とは木の実や果物のことで、「菓」という字は、もともとは「果」と同じ字でした。



漢字の一番古い字形とされている甲骨文でわかるように、「果」は木に実がなる形の象形文字で、植物の実の意味を表します。花が咲き終わって成長を果たし、その結果として果実が収穫されます。「果」は「はたす、はて」の意味があるため、植物を表す部首の「くさかんむり」を付けて、“植物の実”の意味だけを区別して生まれた漢字が「菓」です。


お菓子の始まりは橘!?

お菓子の起源は遠く日本書紀、古事記の時代にまで遡ります。第11代・垂仁(すいにん)天皇の命を受け、田道間守(たじまもり)が常世(とこよ)の国に渡り、不老不死の仙薬「非時香菓(ときじくのかくのこのみ)」を持ち帰ったという話があります。「非時香菓」は「橘(たちばな)の実」とされ、日本でのお菓子の始まりと伝えられています。田道間守はお菓子の神様として各地に祀られていて、その中で最も歴史が古い中嶋神社(兵庫県豊岡市)の「菓子祭」には多くの菓子業者が参拝に訪れるそうです。


和菓子の発展

飛鳥時代はお菓子といえば、木の実や果物のことで、栗や干し柿も貴重な甘みでした。遣唐使が、米や麦を練って油で揚げた唐菓子を持ち帰り、日本のお菓子に影響を与えました。鎌倉時代に禅僧の栄西が日本に製茶技術を伝え、その後の茶の湯の流行と共に和菓子が発展していきました。禅宗寺院を中心に広まった点心には、饅頭や、前回のコラムで取り上げた羊羹など後の和菓子の原型となる食べ物がありました。江戸時代に入ると京都の京菓子と江戸の上菓子(じょうがし)が競い合うようにして、工夫を凝らした和菓子が次々に誕生しました。砂糖は奈良時代に鑑真が伝えたと言われていますが、長らく貴重品でした。広く使われるようになったのは江戸時代以降のことで、庶民の口にも甘いものが入る時代がやってきました。


江戸の「くず餅」

そんな中で、江戸の後期から庶民のおやつとして親しまれてきたのが江戸発祥の「くず餅」です。関西人の私は、東京の池上本門寺門前の茶店で、初めて「くず餅」を出された時は三角の形や乳白色の生地にびっくりしました。が、きな粉と黒蜜をかけて食べてみると、心地良い歯応えも、深い味わいもすっかり気に入りました。関西では「くず餅」と言えば吉野葛(くず)を思い浮かべ、「葛切り」や「葛湯」のように「葛」粉を練った、つるりと透き通ったものをイメージしてしまうのです。


「くず餅」は発酵食品

くず餅のことを伺いに、知人の石鍋秀子さんを訪ねました。東京・王子の稲荷神社近くの老舗「石鍋商店」店主のお母上で、くず餅の生き字引のような方です。


石鍋商店(東京都北区岸町1-5-10・王子稲荷前)

こちらのお店では江戸時代の製法そのままに作り続けているとのことです。このくず餅の原料は小麦粉で、澱粉を寝かせ、発酵させて、独特のモチモチした食感を作り出しますが、驚くことに発酵期間は2年近くも要するそうです。手間をかけて作られるくず餅ですが、言い伝えによると、天保年間、江戸の「久兵衛」という人が、偶然雨に濡れてしまった小麦粉を樽に入れて忘れていたのを、翌年飢饉の際に蒸して食べてみたのが始まりだそうです。名前の一文字「久」と、長寿を祈願し「寿」を加えて、「久寿餅」と表記するようになったそうです。
なるほどこの字をみれば「葛餅」との混同も減るでしょうね。漢字表記で東と西に分かれる面白いお菓子です。


「葛」という字

「葛」の字形に関して、私の漢字講座で大変質問の多かった字ですので、少し書き加えます。「葛(カツ・くず)」という字は東京都の「葛飾区」でもおなじみの字で、2010(平成22)年に常用漢字になりました。「葛」の下の部分のかっこの中が「ヒ」か「人」か迷う方が多いですが、手書きの楷書では「葛」はどちらの字形で書いても差し支えありません。常用漢字は以下のように書きます。



最後に☆
「久寿餅」は東京地区でないと食べられないようですが、どちらのくず餅も工夫と手間が美味しく凝縮されています。是非東西文化の違いを食べ比べてみてください!
次回もまだまだお菓子の話は続きます。

〔参考文献〕
 円満字二郎『部首ときあかし辞典』(研究社)
 白川静『字統』(平凡社)
 諸橋轍次『大漢和辞典』(大修館書店)
 虎屋文庫 第73回夏の特別企画「和菓子の歴史」展(2010年7月23日~9月20日)資料
 虎屋文庫 第77回甘い対決「和菓子の東西」展(2014年11月1日~30日)資料


筆者紹介

矢作 詩子(やはぎ・うたこ)さん

1972年、同志社大学法学部卒業。大学在学中に大阪万博で通訳の経験をしたことがきっかけとなり、英語・日本語講師になる。1993年ジャカルタの法律事務所で日本語指導。帰国後、漢検準1級取得。2003年より学習院生涯学習センターで「おとなのための漢字学習」を11年間担当。武蔵野市、日の出町など自治体の漢字教養講座も担当。漢字教育士資格講座を受講して、白川文字学を学び、2013年「漢字教育士」・「漢字教育サポーター」資格取得。兵庫県芦屋市在住。


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