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今回からは「甲骨金石 百字夜行」と題しまして、漢字のルーツである甲骨文・金文等の古代文字の中から、形や由来の面白いものを取り上げて紹介して参りたいと思います。
私は古代文字を学びだしてまだ日も浅い者ですが、多少なりとも古代文字を齧(かじ)ってみますと、漢字の見え方が明らかに変わって参ります。それまで何の気なしに便利使いしていた漢字たちのそれぞれの文字の内側で、太古の人々の祈り畏(おそ)れ願望怨念こもごも、未だ生々しく蠢(うごめ)いているような心地がしてドキリといたします。
何やら大仰なタイトルですが、元来わたくし狐狸(こり)妖怪オバケの類が大好きなのものでして、怪力乱神大いに語りたい。
そのような訳でまったく己の欲望に忠実な百字夜行、お付き合いを頂ければ幸いでございます。
「百字夜行」と銘打ちましたので、練り歩きそうな形状の漢字群を。
儿……こんな字がございます。
「ジン」と読み、もとは「人」と同字であって人間を横から見た姿(側身形)が原型となっています。これが部首になると、字の下部について「にんにょう/ひとあし」となります。
「にんにょう(人繞)」とはやはり人間を表しておりまして、その上部に何かを乗せることにより、それの持つ機能や性格・行為を象徴的に表現します。
上図は「儿」またはこれに類するもの、人の側身形が字の中に見られる古代文字たちです(漢和辞典の部首分類上は必ずしも「儿」部に属していません)。主に甲骨文、一部は金文と篆書体。
それぞれなんという文字なのか、おわかりになるでしょうか?
答えはこちら。「儿」が横から見た人間だと思うと、行列をなして練り歩くお化け道中、いえ漢字道中のようにも見えて参ります。
↓
見・聞・先・光・兄・令・命・兌・竟・若・兇・羌・鬼・?・兎
先頭から順に「目+儿」で目の機能を表す「見」、「耳+儿」で耳の機能の「聞(古くはこんな形だったのです)」、そして3番目は足の形を表しており「足+儿」で足の機能、先に進むことを示す「先」。足が上に載っているのも奇妙な感じがいたしますが、古代中国人、実に思い切りの良い造形です。
目・耳・足と来ましたが、では「口」を載せると?
「口+儿」は「はなす」でも「たべる」でもなく、ご存じのとおり「兄」です。……おや?
これを説明するのが白川文字学の一つのハイライト、「載書説(さいしょせつ)」です。
甲骨文・金文における「口」は多くの場合「くち」ではなく神との交渉のための祝詞・願文を入れる箱「サイ」であるとして、この前提のもと「口」を要素に持つ多くの漢字を読み解くものです。
この説によれば、一家の中に在って「サイ」を捧(ささ)げ持つ人、つまり家の祭祀を行う立場の人が「兄」となります。また「示」(しめすへん)に「兄」の祝は神に仕え祭る人・神官を表していて、今も諏訪大社(長野県)の神職には大祝(おおはふり)・祝(はふり)の呼称が残ります。
「兄」と同じく神前に額づき何かを捧げ持つ形の字として、「火+儿」で「光」があります。これも神聖な火を扱う神官の姿から来ているそうです。
また、儀礼用の深い帽子を被(かぶ)り跪(ひざまず)いて神託を受けようとする人の姿から「令」、これに「口(サイ)」を加えて「命」。したがって「命令」とは祈りに対し神から与えられるお告げであったようです。
次は少々マイナーな字ですが……。
頭上に「口(サイ)」を戴(いただ)き祈る「兄」の上に、神気(神の気配)が降りる様を現したのが「兌(ダ)」。余りなじみのない字ですが、神気が降り来て神がかりのトランス状態になることから、「脱」「悦」へとつながるとしたら……何だかイメージが湧きません?
また、祈りに対する神の応(こた)えは、「口(サイ)」の発する小さな音で示されたそうです。これをもって祈りは成就したとされ、終了します。「音+儿」で竟、「竟(つい)に」・「畢竟(ひっきょう)」(=結局・つまるところ)の語や、領地が終わるところを意味した「境」にもそのイメージが反映しています。
次回、行列後半の漢字たちについてお話ししたいと思います。
白川静『字統』(平凡社)
白川静『常用字解』(平凡社)
『大漢和辞典』(大修館書店)
漢字教育士講座1期生。
2012年、受講中の漢字教育士講座レジュメ上で、甲骨・金文の「見」(図左)と目が合い一目惚れ。すっかり中国古代文字に魅入られて、字書游泳が趣味となる。
この度コラムの場を頂けてしめしめ、滾(たぎ)る文字妄想を書き連ねる所存です。
東京都在住、デラシネのOL。徳島県出身。