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【新井由有子さん】甲骨金石 百字夜行(3)

前回「ひとあし(儿)」についてのコラムの中で鬼の話が出て参りましたところで、今回は「鬼」を要素として持つ字をいくつか見て参りたいと思います。
前にもお話ししましたが、中国における「鬼」とは人が死んでなる「人鬼」であり、帰ってきた亡者・幽鬼のことでございます。
「鬼」パーツを持つ字を挙げれば、魔・魘・魅・魁・魂・魄・魃・魍・魎・魑・魅……と趣ある字が並びます(笑)。


魂魄について


「魂魄(こんぱく)」という言葉がございますが、イコール人の魂・霊魂、くらいの意味でなんとなく捉えてはおられませんか?

「魂」の字は「云」+「鬼」。
このコーナーでも矢作さん・丹羽さんのコラムに既に登場しましたが、「云」は「雲」の字の原形で雲気を表すといいます。雲気と空の雲であったり、また雲のようにもわもわと実体無く漂う何かの「気」であったりします。
人の体からこの「気」が抜け出てしまうことが、即ち死であると考えられていたようです。

一方「魄」は「鬼」+「白」です。「白」は元々白骨化した頭蓋骨を表します。つまりは「されこうべ」。「魄」とは精気が抜けだしてしまったのち残された抜け殻を表す字なのです。「魂魄」とは、二つが固く結びついてこそ一つの生命体であったものが、魂と魄とに分かれてしまいもはや元には戻れぬ状態。それが即ち死者であるということなのでしょう。


醜きもの

「醜」という字について今では、「みにくい、醜悪である」以外の意味に使われることはまずないと思われます。



中国古代の殷・周の青銅器に鋳込まれた図象の中に「亞醜形」と呼ばれるものがありますが、白川静説によれば、墳墓の玄室(死者を埋葬する墓室)の形である「亞」字形の中に、「醜」を表す酒器と鬼(ここでは儀礼の冠をつけた姿)を描いたものだ、とのことです。そして、「醜」は喪葬の儀礼にまつわる字で、酒によって死のけがれをはらうことが元々の意味ではなかったかと説いています(白川静『字統』)。
ちなみに「悪」という字はまさにその「亞」字+「心」。よくないことに臨んだ時の心情、ということでしょう。


話は元に戻りますが、本来けがれをはらうことであった「醜」が「けがれ」そのものの意味になってしまう、そんなことが? と思いますが……。
たとえば「けしからず」という言葉は「怪し(=尋常でない・良くない)」の打消であったはずのところ、かえって「酷く悪い・異様だ」の意味になってしまっているだとか、あるいは追儺(ついな)の儀式で鬼を追う役目であった方相氏(ほうそうし)が、いつしか節分の鬼そのものの役を負わされてしまっているだとか、そういう現象がどうも、世の中では時折起こるらしゅうございます。
いずれにしても「鬼」を要素に持つ字の根っこには、死を忌み恐れる心が強く反映しているようです。


鬼、海を渡り来る

さて、前回のこのコラムでも中国と日本における鬼のイメージの違いについて少しお話ししましたが、このズレの原因をたどって行けば、中国から漢字が伝わった大和朝廷の時代にまで遡るようです。
ご承知のように、古代日本は独自の文字を持っていませんでした。5~6世紀にはじめて漢字が伝えられたとき、音だけを借りて日本の言葉を表記する万葉仮名として使われました。
その後次第に漢字の字義の研究が進み、それぞれの漢字に相応する大和言葉を当てて読ませるいわゆる「訓読み」が整理されてゆきました。
そんな中、ハテ「鬼」の字にはなんという大和言葉がふさわしいのか? 当時にしてやはり相当な揺らぎがあったらしく、なかなか決着しなかったようです。
『古事記』『日本書紀』『万葉集』などの古代文献に登場する「鬼」の字は、「おに」とも「もの」とも「しこ」とも読まれています。
次回はこのおはなしをさせて頂きたいと思います。




〔参考文献〕

白川静『字統』(平凡社)
白川静『字訓』(平凡社)
馬場あき子「鬼の研究」(『民衆史の遺産 第2巻 鬼』[大和書房]所収)
大和岩雄「鬼と天皇」(『民衆史の遺産 第2巻 鬼』[大和書房]所収)
フリー百科事典Wikipedia


筆者紹介

新井 由有子(あらい・ゆうこ)さん

漢字教育士講座1期生。
2012年、受講中の漢字教育士講座レジュメ上で、甲骨・金文の「見」(図左)と目が合い一目惚れ。すっかり中国古代文字に魅入られて、字書游泳が趣味となる。
この度コラムの場を頂けてしめしめ、滾(たぎ)る文字妄想を書き連ねる所存です。
東京都在住、デラシネのOL。徳島県出身。


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