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【丹羽孝さん】古代文字と和歌(10)

「花」に思う

今回は古来、多くの歌に詠まれてきた花、「桜」と「梅」を取り上げてみたいと思います。花の好きな日本人にとって、とりわけこの二つの花には特別な思い入れがあるのです。


「花の宴」

源氏物語に「花宴」という帖があります。光源氏20歳3月の桜の盛りの頃、宮中での宴の後、廊下をほろ酔い機嫌で歩いていた源氏は、「朧月夜に似るものぞなき」と詠いながらやってきた女君の袖を捉えます。
「朧月夜(おぼろづくよ)の君」と呼ばれるこの女性、実は東宮の妃になられる予定の方でした。その方が後宮に入られた後でも逢瀬を重ねていた源氏は、雷の激しい夜、皆が起き出してきて寝所から出るに出られなくなり、娘を見舞いに訪れた父親、右大臣に不倫の現場を見つけられてしまったのです。「おやじの雷」が落ちるかと思いきや右大臣、「間男が源氏だった」と知っては、とがめだてすることができなかったのです。
しかし、「朧月夜の君」の姉、「弘徽殿(こきでん)の女御(にょうご)」は違いました。彼女は源氏への怒りを収めようとはしませんでした。後宮を仕切っていた彼女の不興を買って、源氏は須磨・明石へ「都落ち」せざるを得ない状況に追い込まれたのです。源氏25歳の頃のことです。
光源氏人生最大のピンチは、20歳の春「花に酔った宴」でのアバンチュールが招いたものでした。


百人一首の「花」

源氏物語と同じく日本の美意識を体現した百人一首で花が詠まれている歌は、次の7首です。

花の色は うつりにけりな いたづらに わが身世にふる ながめせしまに(小野小町、9番、古今集、春下・巻2-113)

久方の 光のどけき 春の日に しづ心なく 花の散るらむ(紀友則、33番、古今集、春下・巻2-84)

人はいさ 心も知らず ふるさとは 花ぞむかしの 香ににほひける(紀貫之、35番、古今集、春上・巻1-42)

いにしへの 奈良の都の 八重桜 けふ九重(ここのへ)に にほひぬるかな(伊勢大輔、61番、詞花集、春・29)

もろともに あはれと思へ 山桜 花よりほかに 知る人もなし(前大僧正行尊、66番、金葉集、雑・556)

高砂(たかさご)の 尾上(をのへ)の桜 咲きにけり 外山(とやま)の霞(かすみ) たたずもあらなむ(前中納言匡房、73番、後拾遺集、春・120)

花さそふ あらしの庭の 雪ならで ふりゆくものは わが身なりけり(入道前太政大臣、96番、新勅撰集、雑・1054)

梅の花が一首(紀貫之)含まれていますが、桜の花にしても、花の美しさを素直に讃えたという歌は少なくて、花の散りや、花の色の褪せていくのをわが身に例えたような、身につまされる歌が多いように思います。その理由は次の漢詩の中にあります。


中国の「花」

唐代の詩人、劉廷芝(りゅうていし)の「代悲白頭翁(白頭を悲しむ翁に代はる)」という七言古詩があります。詩の一節は皆さんも一度はお聞きになったことがあると思います。

代悲白頭翁     劉廷芝
(前略)
年年歳歳花相似     年年歳歳 花相似たり
歳歳年年人不同     歳歳年年 人同じからず
寄言全盛紅顔子     言を寄す 全盛の紅顔の子
應憐半死白頭翁     応(まさ)に憐れむべし 半死の白頭翁
(後略)

(くる年くる年ごとに、花の姿は同じようだが、くる年ごとに見る人の姿は変わるのだ。花の盛りのうら若い少年たちよ。半分死にかけた白髪の老人を憐れんでくれたまえ)

この詩でいう花は「桃李(もも、すもも)」ですが、毎年同じ時期に咲くのです。人は衰えていく一方だけれども、花は輪廻再生を繰り返していくという感慨は、中国でも日本でも同じなのでしょうね。
小野小町の「花の色は」の歌と、紀貫之の「人はいさ」の歌の風情を合体させれば、この漢詩の言わんとする所になるのでしょうか。


「花」にかかわる古代文字

ここで、関連する古代文字を順番に見ていきましょう。


・「花」

まず「花」ですが、その篆文を(図1)に示します。『常用字解』には、「形声。音符は化(か)。もとの字は華で、花びらが美しく咲き乱れている象形の字である。のち形声の字の花が五世紀ころに作られたものと思われる。」と説明されています。また、「華」の項目には、「その華を抜き取ることを拝という。その腰を曲げて華を抜き取る姿勢が拝礼の姿勢に近いので、拝の右の旁の部分が華の形である。」(『常用字解』)と書かれています。
もちろん花全般を指す言葉であり、日本語の「花といえば桜」のような意味ではありません。


(図1)「花」の篆文(漢字古今字資料庫の画像よりトレース)


・「桜」

「桜」の篆文を(図2)に示します。
「形声。もとの字は櫻に作り、音符は嬰(えい)。嬰に鸚(おうむ)の音がある。」(『常用字解』)
旧字体の「櫻」は「二貝の女が木にかかる」と昔は覚えたのだそうです。


(図2)「桜」の篆文(漢字古今字資料庫の画像よりトレース)


・「梅」

「梅」には2系統の字があります。それぞれを篆文1(図3)と篆文2(図4)に示します。「形声。音符は毎(まい)。字はまた楳(ばい)に作り、音符は某(ぼう)。『うめ』をいう。【説文】六上に『某は酸果(さんくわ)なり』とあり、某を楳のもとの字であるとしている。某はもと曰(えつ)と木とを組み合わせた形で、木の枝に曰を著けて神にささげ、神意を問い謀るの意味で、謀のもとの字である。梅の木は中国原産で、わが国には、奈良時代以前に渡来したといわれ、梅は当時の中国語の音のままよまれていたのであろう。上に母音をつけて『うめ』という国語にしたものである。」(『常用字解』)
中国から渡来した梅については、万葉集に多く詠まれています。


(図3)「梅」の篆文1(漢字古今字資料庫の画像よりトレース)

(図4)「梅」の篆文2(漢字古今字資料庫の画像よりトレース)

万葉集の「梅」

特に梅を詠んだ歌人は、大伴旅人を中心とした九州大宰府の役人で形成された「筑紫歌壇」の人々でした。万葉集には、梅花の宴での万葉歌がたくさん収録されています。
2012年4月の「漢字教育士養成講座」で久米裕子先生が「漢字の訓について」の講義をされた時、梅花の宴の一連の歌について、その万葉仮名表記に独特のものがあることを指摘されました。以下に旅人周辺の人々が詠んだ天平2年(730年)正月13日「梅花の宴」での万葉歌を列挙し検証してみます。ここに示したのは最初の8首(巻5-815~822)ですが、このような表記が852番まで38首並んでいるのです。

武都紀多知 波流能吉多良婆 可久斯許曽 烏梅乎乎岐都々 多努之岐乎倍米
烏梅能波奈 伊麻佐家留期等 知利須義受 和我覇能曽能尓 阿利己世奴加毛
烏梅能波奈 佐吉多流僧能々 阿遠也疑波 可豆良尓須倍久 奈利尓家良受夜
波流佐礼婆 麻豆佐久耶登能 烏梅能波奈 比等利美都々夜 波流比久良佐武
余能奈可波 古飛斯宜志恵夜 加久之阿良婆 烏梅能波奈尓母 奈良麻之勿能怨
烏梅能波奈 伊麻佐可利奈理 意母布度知 加射之尓斯弖奈 伊麻佐可利奈理
阿乎夜奈義 烏梅等能波奈乎 遠理可射之 能弥弖能々知波 知利奴得母与斯
和何則能尓 宇米能波奈知流 比佐可多能 阿米欲里由吉能 那何列久流加母


一字一音での万葉仮名表記です。この表記を見てどのように思われますか。読みをひらがなで示しておきましょう。

むつきたち はるのきたらば かくしこそ うめををきつつ たのしきをへめ
うめのはな いまさけるごと ちりすぎず わがへのそのに ありこせぬかも
うめのはな さきたるそのの あをやぎは かづらにすべく なりにけらずや
はるされば まづさくやどの うめのはな ひとりみつつや はるひくらさむ
よのなかは こひしげしゑや かくしあらば うめのはなにも ならましものを
うめのはな いまさかりなり おもふどち かざしにしてな いまさかりなり
あをやなぎ うめとのはなを をりかざし のみてののちは ちりぬともよし
わがそのに うめのはなちる ひさかたの あめよりゆきの ながれくるかも


「うめのはな」は全て「烏梅能波奈」の表記で統一されています。万葉集の他の場面では「うめのはな」は「梅花」と表記されるのが普通です。

梅花 開而落去登 人者雖云 吾標結之 枝将有八方
梅の花 咲きて散りぬと 人はいへど 我が標(しめ)結(ゆ)ひし 枝にあらめやも
(大伴駿河麿、巻3-400)
(梅の花は咲いて散ってしまったと人はいいますが、私が印を付けていた枝ではないでしょうね。??いやそうですね。)

どうですか。「梅花の宴」の歌の表記の特異性が際立っているでしょう。
久米先生は、「旅人は漢字の数を意識し、漢詩的な、字面の面白さを狙ったのではないか。」とおっしゃっていましたが、確かにそう見えなくもないですね。万葉集に一字一音の万葉仮名表記が頻出するのは、この箇所と巻14の東歌だけです。よほど編集に特別な意思が働いたのでしょう。
実際、旅人は漢文にも堪能だった人です。この梅花の宴の歌の序文は、旅人が漢文で書いたもので、王羲之(おうぎし)の「蘭亭序」を模し、その中の語句も引用されているのです。東晋の353年3月3日、今の中国浙江省の蘭亭に貴族41人が集まり、儀式の後に流觴(りゅうしょう)曲水の宴を開き、各々が詩を作り発表し合った「蘭亭」での宴会の故事に、「梅花の宴」を見立てたのかもしれません。


「花」異聞

・「烏梅」

万葉集の「梅花の宴」の歌の万葉仮名表記で「うめ」は「烏梅」と表記されていました。現在この表記は「うばい」と読み、「梅の実」をいぶしたもの、つまり「梅の実の燻製(くんせい)」のことを指します。「烏梅(うばい)」は、健胃、整腸などの効能をもつ漢方薬、紅花染用の媒染剤として用いられています。
当初は「め」とだけ読まれていた「梅」の字の上につけた母音(う)に、たまたま「烏(う)」の字を当てただけだったのでしょうが、それを訓読すると「からすうめ」となり、見た目もそのままの製品「烏梅(うばい)」が生まれたのは偶然とはいえ面白いことです。


・「桜子伝説」

奈良の大和三山の一つ、畝傍山(うねびやま)の麓での伝説が万葉集に収録されています。二人の男に同時に思いを抱かれた「桜子」という名の乙女は、悩んだあげく池に身を投げてしまいました。残された男が歌を詠みました。

春さらば かざしにせむと 我が思ひし 桜の花は 散りにけるかも(巻16-3786)
(春が来たら折って髪飾りにしようと思っていたのに、桜の花は散ってしまったよ)

男は勝手なものです。それと梅であれ桜であれ、すぐに手折ろうとするのです。その気持ち分からないではありませんけどね。


まとめ

「梅」と「桜」を語ると言っておきながら、分量的にはだいぶ「梅」に片寄って話を進めてきましたが、ここでこれを外しては「桜」を語ったことにならないという歌を掲げておきましょう。それは、在原業平の次の歌です。

世の中に 絶えて桜の なかりせば 春の心は のどけからまし(在原業平、古今集、春上・巻1-53)
(この世の中にまったく桜がなかったら、咲いた、散ったと心を煩わすことがなく、春はさぞかしのどかであることだろうに)

反実仮想(せば……まし)の代表例として古典の文法書に必ずといっていいほど出てくる歌ですが、花見のキャッチコピーとしても最高です。「花が咲いたら何も考えず、とにかく飲もう。」この歌があって、日本人の春のうきうきした心持ちが醸成されたと言ってもいいくらいです。業平は稀代のコピーライターでした。
しかしまた、この歌は華やかではあるが、春は華やかさゆえに憂鬱でもあるという「春愁」をも感じさせてくれる名歌でもあるのです。日本人は古来、「花」に酔いながら酔いきれない、どこか花に醒めた一面も持ち合わせているように思います。


最後に

では最後に恒例の小噺を……。梅さんと桜さんの会話です。

(梅)「桜さん、お兄さんの商売はうまくいっていますか。」
(桜)「ええ、花見に店出すと、人は来るんですよ。でもほとんど『サクラ』なんですよね。集まってもパッと散っちゃう。
   もっとも何でも叩き売っちゃう兄も悪いんですけどね。それはそうと梅さんの梅林はどう。繁盛してる?」
(梅)「うちですか。おかげさんで、外国からのお客さんもあるんですよ。案内するのに娘が『梅林ギャル』なんで
   助かっています。」
(桜)「そうですか。それはいいわね。お一ついかがですか、『黄桜』ですが。」
(梅)「いや私は、甘党でして。『とらや』の羊羹『夜の梅』が好きなんですよ。」
(桜)「へ~。もっとも私も『うぐいす餅』なら頂きますよ。」
(梅)「そうですか。『長命寺さんの桜餅』(※)もいいですね。」
……
(漢字教育士)「いや~梅さんと桜さん。今日も話に花が咲いております。」

(※著者注)
【矢作詩子さん】「詩子先生の漢字教室」(8)2015年04月08日付を参照


〔参考文献〕
玉上琢彌(訳注)『源氏物語』(角川ソフィア文庫)
吉原幸子『百人一首』(平凡社)
前野直彬(注解)『唐詩選(上)(中)(下)』(岩波文庫)
白川静『常用字解』(平凡社)
中西進(校注)『万葉集(1)~(4)』(講談社文庫)
久曾神昇(訳注)『古今和歌集(1)~(4)』(講談社学術文庫)


筆者紹介

丹羽 孝(にわ・たかし)さん

1950年大阪府生まれ。電器メーカーに技術者として37年間勤務後、定年退職。学生時代から『万葉集』を通じて古典に憧れ、「漢字・日本語」についての理解を深めたいとの思いから漢字教育士を志す。2013年、2014年と奈良県生駒郡斑鳩町の小学校で放課後教室にて漢字授業実施(町内の全小学校で実施済み)。また子ども夏祭りでの「漢字縁日」を企画・実施。2014年からは公民館で、大人向けに『万葉集』を楽しく分かりやすくとの趣旨から「気楽に万葉集」講座も始めた。
2014年10月の放課後教室を受講した5年生の児童から「クラスのみんなにも漢字の話を聞かせてほしい」というオファーを受けて、11月教室で実施した「漢字の授業」が大好評。「(45分で)漢字が好きになった。」という子どもたちが続出。漢字教育士1期生。


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